燃えている。暗闇を橙の光の煙が覆う。上を見上げると、そこにも不確かな橙がうごめいている。地上ならば、そのようなことは有り得ないだろう。ここは地下。
見渡すと、人のいない店やら、破壊された家やらが点々としている。手元には、使うに十分、いや、使えきれないほどの金がある。これだけの金があれば何をするにも困らないだろう。贅沢も無駄遣いもし放題である。
空腹が思考を停止させた。いたるところに店があるため、食に困ることはなさそうだ。金も腐るほどある。店には人がいないが、金を店に置いて、いくらかの食い物を手にした。空腹のためか、より一層うまく感じる。空腹が満たされると、思考は戻った。目線の先は金。
しばしの空想の後、無意識に人を探し始めた。ここには六人いるらしかった。見ず知らずの者に気安く声をかけられるほど、社交的ではない。しかし、どこか安心感を覚えた。再びの空腹感を満たすのに苦労はない。逆に、たくさんの食い物に囲まれていながら、満腹になっていく自分を呪いたくなる。
一カ月弱の間、食べることだけで、自分を保てた。二、三キロは太っただろうか。しばらくすると、食への関心もだんだん薄れていき、食い物を手にするとき、金を払わなくなった。もっとも、店に人がいないのだから、払おうが払うまいが誰の利益にも損益にもならない。周りに人がいないか確認してから食い物を手にする自分を嘲笑したくもなるが、何かしら得体のしれない感情、しかしこれは、自分を肯定するような感情であり、それが自分を自分でいさせる命綱だとも思う。
その後の三週間は金を払わずに食い物を手にした。得をしたような気になっていたわけだが、実際はちがう。気がつくと、金を払わないことに、罪悪感を覚えることは一切なくなっていた。
石をぶつけ、店の窓硝子を割る。沈黙を破る破裂音に鳥肌が立ち、無意識に頭を陰に隠す。数秒間耳を澄まし、恐る恐る目を光の方へ向ける。何に怯えているのかわからないが、罪悪感が多く残った。不思議と息を止めていた自分に気が付く。心臓の音、筋肉の震え、これらは何を警告しているのだろうか。
一カ月は経過しただろうか。ここには六人の人がいるわけだが、そのうち一人を殺してみた。すでに、罪悪感も後悔も覚えなくなっていた。表情が、まず己から消失したような気がする。言葉も使う機会がない。こころがどこかにいってしまったのだろうか。もしくは、これが自分の正体なのだろうか。何かに押さえつけられていた、今まで出てこられなかった本性なのだろうか。
さらに二カ月が過ぎた。これまで数人を殺し、様々なものを破壊してきた。幾人を殺し、何を壊してきたかなど覚えてはいない。つまりは、それが目的ではないのだ。こころ―脳といった方が適切だろうか―を刺激するのが目的であったようにも思うが、目的はなかったといっても違和感を覚えない。無意識といえば片が付くのだろうか。
ここにはあと幾人の人が残っているのだろうかと、これもまた無意識に考え始めた。考え始めるということと、探し始めるということが同時進行しているのか、それともどちらも同じ意味を持つのかわからないが、つまりは、目で考えている。突然一人の人間が目の前に現れ、視線があった。人影や前兆がないまま、いきなり現れた彼に無意識に会釈をすると、左の頬だけでにこりと笑った自分に気がついた。このとき、今までよりこころ―このときはこころと言うほうが適切のように思う―への刺激が大きかった、いや、人間として正しい刺激というべきだろうか、つまりはそんな感覚を覚えた。
今まで自分が発見した、興味深いことを彼に話した。しかし、今までは何も感じなかった、殺人や破壊活動については話さなかった。無意識に話す内容を取捨選択し、崩壊の理由は死んだ誰かに押し付けた。なぜだか、彼と出会って以来、食い物に金を払い、破壊活動はしなくなった。金を使うようになってからは、自分の手元に腐るほどの金があることに喜びを覚えながらも、それは、数日で消えた。
彼は消えた。自殺したのだろうか。それ以降は何かが変わった。破壊活動も放火もしなくなった、というより、何もしなくなった。食欲もなくなった。こころを失ったというのが正しいのか、脳の一部が停止したというのが正しいのか。しかし、これはゼロになったというわけではなく、マイナスに自分が位置してしまったのだと、疑いなく納得できた。その後は自分の体を傷つけて、自分を保っていた。
五里霧中。手元にあるすべての金を燃やした。青白い炎を後に無意識に人を探し始めた―。
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