貴方は劇薬だ。白薔薇のように甘く香り、喉元を通り越した瞬間に溶けて全身を侵し焼き尽くす猛毒。
***
夜遅くになってから呼び出しがかかる。これが今までの“普通の恋人”であれば返事もせずにベッドで眠っているのだろうが、身支度を整えて車を走らせた。
扉の前で番をする親衛隊長は不動のまま。別にそれを咎めることもせず、視線すら向けずにドアをノックして間もなく開ける。
中に佇む人影は落とされた照明であっても、まるで陽を浴びているかのように眩い。丁度、純白のマントを外して椅子にかけているところだった。
それは、これから行われることが白ではないとでも言いたい心から来るのだろうか。単に皺をつけたくない、と解釈するに越したことはない。
深入りしたところで、この御方の心の中を読めたことなど無いに等しい。潜り込んで、先が見えない海の中、引き返そうとして命綱は切れて窒息するしかないような。
歩み寄って、頬に触れる。
「眠れませんか?」
頷くことも返答も無い。しかし、それらが肯定を示していた。そもそも安眠できているなら自分を呼びつけたりしないだろう。我ながら間抜けたことを聞いたものだ。だが気を害した様子も見せずに、彼はただ頬に触れた手をそのままにさせていた。
上向かせ、口付ける。
僅かに開かれる唇を割って、舌を絡ませて吸い上げた。気取られぬ程度に、肩が跳ねたのを目敏くも見つけて、未だ慣れぬかと瞼を下ろした人を見つめる。脳裏に浮かんだまま消せぬ人影に重ねたところで、傷つくのは貴方だろうに。
口を離して、場所を何処に移すのか尋ねる。薄い唇は引き結ばれたまま、手を引かれてあとに従った。
指紋認証され、開く小さな部屋。寝台にサイドテーブルくらいしか家具もない仮眠室。暗く、寒い。
チェスは駒が配置されたまま取り残されて、先程まで自分でやっていたのかとも考えたが、声を掛けられて意識を其方に戻した。
上着を脱いで、シャツに手をかけているところ。詰めた襟元で隠されていた白い頚筋が、金糸でちらちらと見え隠れする。長い前髪から此方に向く蒼氷色の瞳に温度は無い。
「ぼさっとしていないで、早くしろ。」
「御意。」
自らも服を脱ぐ。それからシャツを脱ぎ捨てた皇帝を寝台に寝かせた。
ズボンと下着をすらりとした脚から引き抜く。まだ何の兆しも無い下肢を撫でて掌で包み込んだ。シーツを強く握り締める手。頼りなく幼子が縋り付くのを耐えるようなそれ。
強く噛み締められて赤味を増す唇は艷めいて、眦に薄く朱が灯される。こくりと上下する喉仏。時折、吐き出される息は確かに切羽詰っていた。
それでも素直に陥落はしようとしない。
素肌を曝け出して好きなようにさせても、尚、貴方は私に溺れるのを拒む。それが演技であれば大したものだ。煽られて、どうやっても落としてみせたくなってしまうのだから。
決して膝を折らない、気位の高い貴方が手放しに快楽に浸される様を見たくて仕方がない。蜜に塗れた色の淡い分身の先端に爪を軽く立てた。一瞬浮かび上がる背骨。びくりと内股が震え、濡らす生々しい白が、此の人も同じ人間であると知らせる。
そうであるのに、その肩の付け根には金色の翼が生えていて、飛翔しようと羽撃く夢想をする。片翼を失い、不可視の血に染まりながらも藻掻く。
その翼を完全にもぎ取って縫いつけてしまえたら。
埒もない考えに自嘲し、濡れた指先を奥へ滑らせた。
背けられた顔の、筆で書いたように細い眉が寄る。薄く開いた目は、普段の鋭さは影を潜めていた。圧迫感を減らそうと、口を開けて呼吸する度、ちろりと覗く紅い舌。計算されたように、またひとつ俺の体温を上げるのをこの御方は知らぬ。
飲み込ませた指を鈎のようにして、柔らかな粘膜を押す。腹側に、彼が反応を示す場所があると知ってからは重点的に其処を責めた。溶け出す氷の瞳。指では物足りない、と腰が揺れ動く。浅ましい動きであるのに、それを感じさせない。
俺が欲しい、と強請ってみせれば、直ぐにでも脚を割り裂いて挿入してやるものを。頑固にシーツを噛み、声を殺す。両腕は背中ではなく寝台に縋り付き屈服を許さない。だったら誘わなければいい。弱さを見せる相手を変えればいい。だのに貴方はそうしない。だから俺は錯覚しそうになる。どうか弱さを見せてくれるな。その喉笛を噛み契って仕舞いたくなるから。
足を抱えて、指を引き抜いた箇所へ既に張り詰めた雄を宛てがう。一息に押入れば、流石に耐え切れなかったのか喉を逸らして声を上げた。
優しさも憐憫も求めてはいない。ただ考えられなくされて眠りたい、という願いによくも応じているものだ、と苦笑して、膝裏を掴んだ。より深く繋がるために。
一度、箍を外してしまえば抵抗はおとなしくなって、控えめながら嬌声がこぼれ落ちる。付き上げるたびに揺れる肢体。豪奢な金糸が寝台に散らばった。
理性など部屋の隅にでも転がしておけばいい。
しっとりと濡れた皮膚に伝う汗を舐めて、一度引き抜く。柔らかく綻んだ秘部にふたたび砲身を埋めて背後から体内を抉った。
かぶりを振って、身悶えし震える真白い背中。
浮かび上がる翼の幻想を、一度目を閉じてかき消す。
まだ何処かへ飛んでいくには早すぎる。何処にも行かせない。
一層甲高く啼いて、力なく沈む。結局、最後まで縋ることを許さなかった腕がシーツに放り出された。
ふっつりと意識を手放した彼を清めて、身繕いして何事もなかったかのように部屋を出た。
幾度、肌を重ねたとて頑なに拒まれる言葉を意識のない彼に囁いたとてなんになろう。
胸の淵には積もりすぎて、決壊寸前の感情を吐露してみせれば呆れて鼻で笑われよう。受け入れてはもらえぬと最初に了承したではないか。
諦めが悪いのは、自分のことながら度し難い。
部屋を出る間際、引き留められぬものかと期待しては裏切られたと勝手に一人で失意に沈む。それを何度、繰り返した?
己の腕を求める癖に、弱さを見せてくれるのに、靡かぬ獅子は矛盾している。この俺と同じだ。
けれど、ひとときの逢瀬の機会を得るだけでも至上。神々に愛された造形を我が手中で熱に染めることを、誰に渡せるものか。
分の悪い賭け。いや最初から賭けですらない。解毒剤のないものを、飲ませ続けられている。
あと何杯、それを飲み干すことが出来るだろうか。それに殺される前に。
来た時と同じように、扉の前で不動だった親衛隊長は一瞥だけ投げかけて、其処には何も存在しないかのように視線を外す。此方も同じように、普段と変わらぬ歩幅で家へ戻った。
未練、という言葉だけ其処に残して。
Ende.
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